「悔い改め」でなく「立ち返る」

聖書から
10 /30 2023
悔い改め」ということばは、キリスト教会でよく使われることばですが、旧約聖書においては、
ヘブライ語のシューブが日本語で「悔い改める」とか「悔いる」と翻訳されてきました。

しかし最新の翻訳では、シューブは「立ち返る」または「立ち帰る」と翻訳されるように変わりました。

一例として、エレミヤ書18章8節を3つの訳でご覧ください。

もし、わたしがわざわいを予告したその民が、悔い改めるなら、わたしは、下そうと思っていたわざわいを思い直す。(新改訳第三版)

もし、わたしがわざわいを予告したその民が立ち返るなら、わたしは下そうと思っていたわざわいを思い直す。(新改訳2017)

その国民が私の語った悪から立ち帰るなら、私は下そうとした災いについて思い直す。
聖書協会共同訳)

新改訳第3版では、20回「悔い改め」と訳された箇所が、新改訳2017ではすべて「立ち返る」に変わっています。これにより、新改訳2017の旧約聖書では、「悔い改め」という言葉がなくなりました。

聖書協会共同訳でも、「悔い改め」は1か所のみ(ヨブ記)になりましたが、このヘブライ語はシューブではなく、ナハムという別のことばです。

シューブは、帰る、向きを変えるという意味で、創世記3:19では、「土に帰る」というのがシューブです。したがって神様は、「悔い改めよ」ではなく、「(わたしのもとに)帰ってきなさい」と呼びかけておられるのです。

「悔い改め」は私たち人間の側で何か努力して変わらねば、という意味合いを持ちますが、大事なのは、神のもとに帰るということなのです。本来神と共に生きていた人間は、神のもとに帰らねば、変わるこはできないのです。

新約聖書には「悔い改め」ということばが多くありますが、こちらも正しく翻訳されることを願います。
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Luke Tokita

プロテスタント福音派信徒、在野聖書研究者です。

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