あとの者が先になり、先の者があとになる

コラム
12 /28 2020
あとの者が先になり、先の者があとになるものです。(マタイ20:16)

先日、夢の中でこのイエスのことばが浮かびました。
神様が私の心の奥底に語りかけて下さったのだと思います。

この言葉はペテロが

  「私たちは(あの青年とは違い)何もかも捨てて従ってきました。何がいただけるでしょう」

という問いに対して語られ、続くぶどう園のたとえの最後に、

  「一時間しか働かなった者に私たちと同じ賃金を払うのか」

と不満を述べる人たちに語られました。

人より前に、彼より上に、と比較し、競争することを強いられてきた人もいるでしょう。

私たちは人と比較することで自分の価値を確かめようとします。

人の目には「後のもの」と見えるものが、神の国では「先になる」のです。

私たちの狭い視野で比較するとの愚かしさを教えられます。

私自身、いつまでたってもそんな心のくせから抜け出せないのです。

人と比較するとき、神と関係も人との関係も不安定なものになっていきます。

神の国は「報酬ではなく恵み」「行いによらず、恵みによる」のです。

神様が私たちに与えておられる恵みは、私たちの働きや業績などとは比べられないほど大きなものです。

ルカ15章の放蕩息子のたとえでは、兄息子が弟に嫉妬して不満を述べていますが、父は

 「私のものは全部おまえのものだ」

と言います。兄は自分に与えられているものに気づいていなかったのです。

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Luke Tokita

プロテスタント福音派信徒、在野聖書研究者です。

eBile Japanというサイトを運営しています。メルマガも発行してます。

教団、教派、特定の神学にこだわらず、信徒として学んだことを書き留めています。

いわゆる「キリスト教こたつ記事」です。

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