畑に隠された宝
聖書から今日のパン、明日の糧
「天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。」(マタイ13:44)
「すべてを捨てて神様に従う」というと、何か我慢して自己否定して、歯を食いしばって、というようなイメージが浮かびます。
しかし「心の刷新を求めて」という本の中で気づかされたのは、このイエス様のみ言葉が示すように、神様に従う道はこの世のすべてを捨てても惜しくない絶大な価値のあるものだ、ということです。
それを知ったなら、我慢したり、失うものを嘆いたり、歯を食いしばる必要もないのでしょうね。
問題はその価値に気づかない私の側にあるのですね。
「また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、
また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。」(エペソ1:18-19)
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