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そこに愛はあるか ~コロナ禍で迎えるクリスマスに思う その1~

コラム
12 /19 2020
「そこに愛はあるか」
 ~コロナ禍で迎えるクリスマスに思う その1~

「兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。 」(ガラテヤ5:13)

目に見えないウイルスによって、去年の今頃には想像もしていなかった状況に陥り、1年が過ぎようとしています。

全世界規模で、人々の自由が制限されました。
それでも自由を主張する人々もおり、マスクをしない自由、ワクチンを打たない自由などを主張する人々のデモなどを耳にします。

一方で独裁的な政府のもとでは感染抑止に成功している国もあります。
自由を大切なものとして育んできた西洋諸国においては、苦渋の決断を迫られました。

ある人は「この戦いは(ウイルスの闘いであると同時に)現代社会との戦いだ」と言っています。

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私たちが自由を与えられたのは自分勝手に生きるためではありません。
自由は大切なものです。しかしその使い方が問われています。

「そこに愛はあるんか」というユニークなCMがありますが、私たちが自由を振りかざす時、「そこに愛はあるのか」が問われるのです。

イエス様がこの世界にお生まれになったのは、愛の源である神が私たちと共にいてくださり、神を愛し、人を愛する生き方をさせてくださるためでした。

キリスト信仰とは、「神を愛し、人を愛し、神と共に生きること」なのです。
愛するということは「大切にする」と言い換えることもできます。
「神を大切に、自分を大切に、そしてすべての人を大切にする。大切に思う。」ということですね。

コロナ後の世界は確実にコロナ前の世界から変わっていきます。
でも変わることのない神様の愛を頂いて、コロナ後の世界も神様と、また隣人と、共に生きていくものでありたいと思います。

祈り

神様、どうぞ私たちと共にいて下さり、死よりも強いあなたの愛によって私たちを強くし、あなたの愛からくる平安と希望の中に、私たちを生かしてください。

イエスキリストのお名前によってお祈りします。



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Luke Tokita

プロテスタント福音派信徒、在野聖書研究者です。

eBile Japanというサイトを運営しています。メルマガも発行してます。

教団、教派、特定の神学にこだわらず、信徒として学んだことを書き留めています。

いわゆる「キリスト教こたつ記事」です。

eBible Japan(http://ebible.jp)